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人物誌を読む会・・・後日談!

U先生には、びっくりである。
過日3日、ニューウエルシテイで会合があり、人物誌を読む会を
終わりにして、新しく「ふるさと偉人伝を読む会」として発足することと
なった。そして、U先生の健康を考慮して、月1回を、2ヵ月に1回
に変更して開催することになった。
96歳の先生に元気をみせられては、こちらもうかうかしてはいられ
ない・・・・。
昨日、私も87歳の誕生日を迎えた・・・。まだまだ頑張らなくては・・・。
パソコンの人たちや、こうした会の人たちが、いまでもお付き合いして
くださることを毎日感謝している。
 

コメント

  1. つっちゃんも研鑽しておられますね。感心です。
    鐘撞さんが貴殿のことをよくご存知でした。
    島根の偉人には、例えばどのような方が・・・・?

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  2. 時折ひらくので、どうも失礼してしまったようだ。
    ふるさと出雲に関係するひとが多く、塩冶の伊藤宣堂、
    大津の伊原青々園、中野の西山砂保等であるが、とても
    面白いのが、青々園につながって島村抱月や、松井須磨子
    のエピソード・・。砂保からシーボルトや、島根県立大学
    に話が繋がっていくのが余白の面白さだ・・・。
    偉人伝では何の話が出るかは、講師の先生次第だ。
    いくつになっても学べることに、(パソコンも)有難い
    ことだと思っている・・・・。

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  3. ふるさととは、旧出雲市のことでしょうか?

    島村抱月や、松井須磨子の名前は聞いたことがあります。
    島根大学の元教授 故内藤正中氏の話では、金城町の生まれだと聞きました。
    ずいぶん前の話なので記憶は定かではありませんが・・・・。

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  4. 狭義には、出雲の国(簸川、雲南、松江地方を含み)広義には、
    島根県内がふるさとではとおもいます。
    2004年3月、高瀬川沿いに整備された「文芸の小径」の除幕式に
    伊原青々園の孫の伊原太郎氏が来雲され、抱月の後追い自殺した
    須磨子の青々園あての手紙を紹介され、「抱月と二人同じ墓に
    入れてください」との遺書に、まじかに見た、歴史に、興奮した
    ことを覚えております・・・。

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初 釜

正月を迎えると初釜が開かれる。随分前から二つの初釜に出掛けている。 一つは、元職場の同僚(男10人)でお茶の会をしているので、ともに家元の初釜に 出かける。15人位の茶会なので、どうしても大寄せ的な茶会になるが、新年の すがすがしさを感じる・・・・。この会は、毎月、茶会をしているが、半分は情報交換 の場でもある。 もう一つは、50歳の頃に習った先生の初釜で、いつもは、武志山荘の茶室で、 代わって、島村の松翠苑での茶会もある。昨年は、文化伝承館の松籟亭での 茶会であった。この茶会は、門下生が主で7・8人のうち、女性が多いので華やかな 着物姿が正月風情を醸し出してくれる。いつも正客で座しているが、家族的な 雰囲気の良き初釜である。  今年も、新しい年が動き出している・・・・・。

IT達人

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