スキップしてメイン コンテンツに移動

老爺電車一人旅

大阪へ 来タァー・・・・・・・・・・!
何十年ふりであろうかね。ひとりで大阪へ降りたのは。
孫娘が学生最後の演奏会だからというので・・・・・。
兵庫県立芸術文化センターは 二度目である。
孫娘のパートはヴィオラ。今日はトップだからね、といって
いたけどね。 応援団6名。一階中央の前列から4列目の席に
座われました。
交響曲第5番ニ短調「ショスタコーヴイチ」等・・・・・。指揮は
小田野宏之先生。 やはりナマオケは迫力がありました。
(わからなくても)
ホテルは予約で満員。梅田のホテルも上階は予約で満員。
5階からは、大阪の夜景が中途半端に見えました。(残念)
翌日は日曜日のクリスマスイヴ。 人・・・、人・・・、人・・・。
歩く・・・、歩く・・・、歩く・・・。デパチカのケーキ店は長蛇の列。
交通整理がついていました。実は、来た時から帰るまで、次女が
同行してくれたからばっかりでした。ひとりでは時間がかかってとても
歩かれなかったと思います。
結局、大阪は、 ”人の見学”で終わりました・・・・・・・。
それでも一人旅は、自分の責任で主体性を持って行動できる
楽しい旅でもありました・・・・・・・・・。  (ほんとうはね。腰痛が
心配でしが、青空で、その上、暖かかったので助かりました。)
老爺の師走の一コマでした。


コメント

  1. いいことをされましたね.
    お孫さん、喜ばれましたでしょうね。

    私も都会に行くと人に酔ってしまいます。
    若い頃は、毎日がお祭りのような都会の刺激を楽しんでいたんですがね・・・・。

    今は、出雲に帰って一呼吸すると、出雲はいいな~と思います。
    やっぱり、ま~くんも年なんですね ((+_+))

    返信削除
  2. お疲れさまでした。
    良かったですね、たまには都会もいいものでしょう
    明日は とくちゃんの孫娘の演奏会です マーチングバンドでクラリネットです
    夕方 6時半からで 明日はパチンコ行けません・・・・
    昼間行こうかな・・・・・(^_-)-☆
    今年は 広島の孫も帰ってくるので 忙しいです 
    とくちゃんが 10人分の食事当番です

    返信削除
  3. ブログ教えてもらいどうにか発信することが出来る
    ようになりましたが、ブログの字を大きくしたり、小さく
    したりすることがわからなく、写真もパソコンにうまく
    取り入れることもうまくできず、一年が終わりました。
    有難うございました。どうか良いお正月をお迎えください。
    齢でくたぶれるかと思いましたが、元気でした。たまには
    出ることはいいことですね。

    返信削除

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

国内で初めての生体肝移植

今月4日の山陰中央新報に、島根大医学部に30年前に国内初めての生体肝移植を 手掛けた記念の石碑が建立された。と報じている。  ”杉本裕弥ちゃん”(1歳)。 国内で初めて、お父さんの生体部分肝移植手術が島根医大 で行われたのは、1989年11月のことだった。  しかし、願いもかなわず、翌年の1990年8月24日、帰らぬ人となった。 同日夕、出雲市役所には、「ちいさな君が見せた頑張りと生命の尊さを 出雲市民はいつま でも忘れません」との垂れ幕が掲げられた。  市長代理として、山口県岩国市での葬儀に参列した。  この日はとても暑い日だった・・・。執刀された永末先生も参列しておられた。この地の 風習なのか、河原にテントを張った中の祭壇に裕弥ちゃんは、縦型の棺に納められていた。  顔は赤黒く、毛糸の帽子を被っていたのを今でも鮮明に覚えている。  30年前の思い出である・・・。  

初 釜

正月を迎えると初釜が開かれる。随分前から二つの初釜に出掛けている。 一つは、元職場の同僚(男10人)でお茶の会をしているので、ともに家元の初釜に 出かける。15人位の茶会なので、どうしても大寄せ的な茶会になるが、新年の すがすがしさを感じる・・・・。この会は、毎月、茶会をしているが、半分は情報交換 の場でもある。 もう一つは、50歳の頃に習った先生の初釜で、いつもは、武志山荘の茶室で、 代わって、島村の松翠苑での茶会もある。昨年は、文化伝承館の松籟亭での 茶会であった。この茶会は、門下生が主で7・8人のうち、女性が多いので華やかな 着物姿が正月風情を醸し出してくれる。いつも正客で座しているが、家族的な 雰囲気の良き初釜である。  今年も、新しい年が動き出している・・・・・。

IT達人

夕方6時のニュースを見ていると とくちゃん先生が、背筋をすっと伸ばして 表彰状を受けておられた。目を凝らして みたが、やっぱりとくちゃん先生だった。 教えを受ける者としても嬉しい瞬間だった。 とくちゃん先生、おめでとうございます。 だが、待てよ・・・・。これからもとくちゃん先生 と呼んでいいのかな・・・・・・・。