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友の死

幼馴染のS君は、市体育館の近くに奥さんと二人で居を構えている。子供は県外だ。
 奥さんがまだ若いのに認知症になってS君はとても苦労している。
 パソコン同好会の帰り、”お~い、どうしているか・・・”と家を訪れ、話すことが日課?に
なっていた。そのS君が入院していることを知ったのは10日ばかり立ってからだった。
ある日、見舞いに行かねば、との気持ちに駆られ、二度目の見舞いに行った五日後、
突然、亡くなった知らせが届いた・・・。 肺炎だった。 S君は長生きの家系で安心して
いたのに・・・・。 焼場で一片の骨を拾い、葬儀では、友人代表として焼香をした。
 奥さんは施設へ。空き家となった近くを、いま通ることはない・・・・。87年、共に生きた 
 縁とは、はかないものだ・・・・・。   まもなく四十九日を迎える。

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初 釜

正月を迎えると初釜が開かれる。随分前から二つの初釜に出掛けている。 一つは、元職場の同僚(男10人)でお茶の会をしているので、ともに家元の初釜に 出かける。15人位の茶会なので、どうしても大寄せ的な茶会になるが、新年の すがすがしさを感じる・・・・。この会は、毎月、茶会をしているが、半分は情報交換 の場でもある。 もう一つは、50歳の頃に習った先生の初釜で、いつもは、武志山荘の茶室で、 代わって、島村の松翠苑での茶会もある。昨年は、文化伝承館の松籟亭での 茶会であった。この茶会は、門下生が主で7・8人のうち、女性が多いので華やかな 着物姿が正月風情を醸し出してくれる。いつも正客で座しているが、家族的な 雰囲気の良き初釜である。  今年も、新しい年が動き出している・・・・・。

IT達人

夕方6時のニュースを見ていると とくちゃん先生が、背筋をすっと伸ばして 表彰状を受けておられた。目を凝らして みたが、やっぱりとくちゃん先生だった。 教えを受ける者としても嬉しい瞬間だった。 とくちゃん先生、おめでとうございます。 だが、待てよ・・・・。これからもとくちゃん先生 と呼んでいいのかな・・・・・・・。

みそひともじ

神等去出祭りも過ぎると、出雲地方も、空は一変し、鈍色に景色が次第に染まり、時折白いものも混じるようになると、何故か口に浮かぶ歌がある。   ” 再びは見るときなければ宍道湖の向かいの岸にならぶ灯のかげ ”                      柳原 白蓮  「本名 宮崎はな子」     昭和10年、松江に来たときの歌である。 季節は分からないのに何故かこの季節に口に出る。 この島根には、昭和のはじめ、大正にも、石見を除いても結構歌人が訪れている。  与謝野 寛・ 晶子・長塚 節・木下利玄・大町桂月・大田水穂・尾上柴舟・斎藤茂吉・石槫千や・  佐々木信綱・吉井 勇・等々、、、、、、。 この中で、特に好きでよく口ずさむ歌がある。   ” 地は雪に空は狭霧に包まれて我れひとり立つ城跡の山 ”                      大町 桂月  「本名 芳衛」 城跡の真山(しんやま)は、松江市街の北方にある。約26mの険しい山で、山中鹿之助が尼子 勝久を奉じた山城であるが、天亀2年(1590)毛利勢のために陥ちた。 残念ながら、いつか、いつか登ろうと思いながら、つい、この齢になってしまった。 断っておくが、ぼくは歌を詠まない。今までにも詠んだことはない。ただ、ただ、鑑賞、鑑賞するだけであります・・・・・・・。